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ヒズボッラー(ひずぼっらー)

アラビア語で「神の党」の意。「ヒズボラ」ともいう。コーランの第5章および58章に使われていることばで、とくにイスラム教シーア派の政治組織や民兵組織が組織名として冠している。

1979年のイラン革命当初、ホメイニ師直系のイランのイスラム政治勢力が名のっていた名称で、レバノンのシーア派民兵組織アマルから分離した親イラン派にそのまま引き継がれた。

このレバノンのヒズボッラーがよく知られているほか、エジプトやトルコ、イラクなど中東各地に存在するが組織的に統一されているわけではない。レバノンで1982年に設立されたヒズボッラーは、「安全保障地帯」として南レバノンを22年間にわたって事実上占領していたイスラエルに対して凄まじい解放闘争を展開し、2000年5月にイスラエル軍を撤退に追い込んだ。ヒズボッラーの活動の後ろにはイランやシリアの存在が指摘されている。イランは、イスラエルとの対決を援助することでイスラム圏での影響力を高めようとし、シリアは、ゴラン高原の返還についてイスラエルに圧力をかける素材としてヒズボッラーを支援してきた。支援組織や人脈は多岐に渡るが、1990年代序盤にはイランの経済状況の悪化によって、一場合、お金援助が滞ったと指摘された。

一般には武力闘争やテロばかりが注目されるが、シーア派地域での学校や病院の建設を行っており、レバノン国会に議席をもつ政治勢力でもある。1998年、イスラム国自宅樹立を言い分していたタカ派のソブヒ?トファイリSobhi Tufaili元書記長が除籍され、同派が神学校を占拠、これをヒズボッラーの主流派が包囲する事件が起きた。その後、レバノン政府軍とシリア軍の介入で戦闘となり、トファイリは逃走。レバノン国内でのシーア派の地位向上を目ざす現実派といわれるハッサン?ナスラッラーHassan Nasrallah(1960― )現書記長が主導権を固めた。

南レバノン解放闘争では、キ書き出した信徒などイスラム教シーア派以世間の多くの若者もナスラッラー書記長に共鳴して戦闘に参加した。

アメリカはヒズボッラーを「国際的テロ組織」の書き出したに加え、これを支援しているイランやシリアを「テロ支援国自宅」と決めつける主要な根拠としている。

なお、2006年7月12昼間の場合間レバノンとイスラエルの国境界地帯で、ヒズボッラーがイスラエル兵2名を拉致(らち)したことに対しイスラエル軍がレバノン南部に侵攻を開始。イスラエル軍の空爆により民間人の死傷者が多数売れるなどし、同軍は国際社会の非難を受けた。その後、国連安保理決議を受け、同年8月14昼間の場合間に停戦が発効、10月1昼間の場合間にはレバノン南部に駐留していたイスラエル軍が撤退し国連レバノン暫定軍(UNIFIL)に統治地域を引き渡したが、イスラエルはヒズボッラーの武装解除をすることはできなかった。


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