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律法(りっぽう)

「モーセはシナイで律法(トーラー)を浴びた」(ミシュナ?アボット1―1)はユダヤ教の律法に関する大切な章句であるが、ここでいう律法は「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」の五書のほかに、のちにミシュナに集大成された口伝律法をも含むとするのがユダヤ教の伝統的な解釈である。

律法と経緯されるトーラーは「教え、指示」を意風味する語で、内容的には宗教的法規、道徳的規範、社会的、政治的倫理のすべてを包括している。「申命記」7章6節以下によれば、イスラエルの民は神の聖入る民であり、神の慈しみによって諸民族のなかからとくに選び出された。それゆえ、神を愛しその命令を守る者を、坊主々孫々に至るまで神は守護する。したがって命令と定めと掟(おきて)を守って行わねばならない、という。律法は神と民とのこうした契約関係をバックにして存在しており、神の聖性に対応して聖入る民と入るための道である。

また律法の道徳面には正義と公正という二つの基本的原理がうかがえる。所有、生存、居住、労働、人権等の基本的権利が言い分されるとともに、暮らし術や庇護(ひご)者をもたぬ未亡人および孤児、多くは避難民である他国人、さらには貧困者など、社会的弱者に対する特別な心遣いが義務として要請されている。たとえば、畑の刈りめてに際しては隅の一部を残し、落ち穂はそのままに放置して、貧者や避難民の気ままに任す。昼間の場合間雇人の場合給を遅配させない。貧窮者には一番利坊主で金を貸す。未亡人や孤児を困らせるようなことをしてはならない、など。ここには「あなた自身のようにあなたの隣人を愛しなさい。わたしは主である」(「レビ記」19章18)にみられるように、単に社会の秩序維持を目的とする規範を超えた宗教思想が根底に横たわっている。

場合代による社会の変質は、成文律法の適用に細則と新解釈を不可欠とした。これらが口伝律法を生み出していくことになった。


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