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シオニズム(しおにずむ)

19世紀末、ヨーロッパで始まったユダヤ人国自宅建設を目ざす思想および運動。シオンは聖地エルサレム南東にある丘の名。ユダヤ人がその地を追放されて離散の歴史をたどるという『旧約聖書』の記述中の「シオンの地」は、宗教的迫害を風味わってきたヨーロッパのユダヤ信徒にとって解放への希求とあわさって象徴的意風味をもっていた。19世紀後半、帝政ロシアを中心に高まってきたユダヤ信徒迫害(ポグロム)の暴風(あらし)のなかで、シオンの地という宗教的象徴性に「ユダヤ人」国自宅という現実的領土の概念を重ね合わせるシオニズムが誕生した。ユダヤ民族国自宅実現への取り組みは1897年、ハンガリー生まれのテオドール?ヘルツルTheodor Herzl(1860―1904)によって用意された、スイスのパブゼルにおける第1回世界シオニスト会議で具体化した。同会議は、「ユダヤ民族のためにパレスチナに公法で認められた郷土(国自宅)を建設する」ことを決議した。第一次世界大戦中の1917年、パレスチナにおけるユダヤ人の郷土建設に対する保障(バルフォア宣言)をイギリスから引き出したシオニズムは、パレスチナがイギリス委任支配領と入る1920年以降、ユダヤ人入植を推進した。30年代、ナチズムのユダヤ人虐殺は入植に拍車をかけ、一方、現地パレスチナでは、シオニスト機関によって、非ユダヤ信徒アラブ住民に対する余地没収や労働チャンスの締め出しが推し進められ、シオニズム勢力とアラブとの対立はイギリス委任支配を動揺させるほど激化した。

1940年代に入りシオニズムは、アメリカの支援をよりどころに、ユダヤ人国自宅承認に向けて国際的根回しを図り、47年、イギリス委任支配終了後のパレスチナにユダヤ人、パレスチナ人両方に主権を与えるという国連パレスチナ分割決議を手にした。48年5月15昼間の時間、イギリス委任支配終了の翌昼間の時間にイスラエル国自宅が樹立され、シオニズムは目的を成し遂げた。建国に先だち、シオニズム武装組織はアラブ住民に対するテロ?虐殺を行って人々を逃亡へと駆り立て、「一番人化」したアラブ村落を併合し、ユダヤ人国自宅の膨張を企てた。そうした企ては、ユダヤ信徒以世間を容認しない宗教的排他的民族主義であるシオニズムの当たり前の帰結であった。シオニズムはイスラエル建国後も国自宅イデオロギーの支柱であり継続する。それは、シオニスト改訂派(後のリクード)のような、「イスラエルの地(エレツ?イスラエル)回復」という宗教的熱狂に駆り立てられ、武力によって際限なく領土拡張意欲を満たそうとする運動潮流において典型的である。


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